ロシア時事解説記事
ロシアにおける日本のPOPカルチャー(寄稿)
2021年5月13日
SAVVINSKAYA-SEIYO, JSC
遠藤 伊緒里
1)ロシアにおける日本のカルチャー
少しでもロシアに関わったことがある日本人なら感じると思うのが、ロシア人には親日家が多いことである。2019年にロシアで行われた日本外務省の世論調査でも、全体の72%が日本はロシアと友好関係にあると答え、日本が世界の経済に貢献しているかという質問では75%が貢献していると答えている(H30対日世論調査結果概要)。この世論調査で、ロシアでは日本に対して好意と尊敬を抱いている人が多いということが分かる。また、日本について知りたい分野という質問には、39%の人が文化(伝統文化、POPカルチャー、和食を含む)と答えており、日本語を勉強したい理由には、40%が日本の文化や生活様式を理解したい、30%が日本のコンテンツ(ファッション、音楽、映画、ドラマ、漫画、アニメなど)などに興味があると、多くの人が答えている(H30対日世論調査国別集計表)。2019年の外務省の調査が行われる前の1990年代頃から、よくロシア人からは文化の面では日本のコンテンツ、ビジネスの面では日本製の電化製品、生活の面では日本の食文化を尊敬していると度々耳にしてきた。そして、日本のPOPカルチャーは欧米やヨーロッパのカルチャーと似ておらず、どこにも無かったエキゾチックな異文化だということで、興味が持たれているみたいである
弊社はソ連時代にセゾングループ代表堤清二氏が文化を中心にする駐在事務所としてモスクワに開設した。そのため当時から、ソ連のコンテンツを日本に、日本のコンテンツをソ連にと、文化事業に関わってきた。ロシアの時代になっても文化中心の交流の仕事を続けており、2011年からはモスクワで日本文化フェスティバルHINODEの企画運営を始めた。2019年のオフラインで開催されたフェスティバルには2日間で3万3058人が来場するほどに伸びていた。2018年の日ロ交流年のために作られたプロモーション・ビデオ(PV)を見ると、フェスティバルでは様々な日本のコンテンツが紹介されており、それに興味をもって多くのロシア人が来場していることが分かる。
我々のフェスティバルのコンテンツは大きく2つのグループに分けてある。1つ目は伝統文化グループであり、その中に入るコンテンツは生け花や墨絵、伝統的なボードゲーム(将棋やカルタ)や武道、伝統音楽(和太鼓)や和食などである。2つ目がPOPカルチャー・サブカルグループであり、そのグループに入るコンテンツはアニメや漫画、コスプレやファッション、現代音楽やファストフードなどである。
他にもここに記載されていないがフェスティバルで紹介されているコンテンツは沢山ある。それらのグループは、主にロシア人のファンの年齢層によって分けられている。伝統文化を好むのは年齢層が上のロシア人であり、POPカルチャー・サブカルを好んでいるのは若い世代のロシア人である。グループ分けは自然に作られていったが、ロシアで日本のコンテンツを紹介していて特にそうなると強く感じている。
ソ連時代には空手を習うことが禁止されており、隠れながら空手を学んだと年上のロシア人から聞いたり、また、ソ連時代にテレビでアニメを見て、日本のアニメに興味を持ったとロシア人の若者から聞いたりするが、どの世代にしろ、ロシアでは日本のコンテンツを好意的に考えている人々が多いことがフェスティバルの運営を通して実感させられた。参考までに在露日本大使館のサイトに載っている、日ロ交流年に開催されたフェスティバルの開催報告書のリンクである。
弊社が2011年に初めて日本文化フェスティバルを運営する時に、運営事務局のPOPカルチャーに対してのアドバイザーでもあった西田祐希さんは、『美しすぎるロシア人コスプレイヤー』の著作者でもあるが、彼にロシアにおける日本POPカルチャーについて聞いてみた。西田さんは2012年~2013年にかけて本の出版をしている。当時はロシアの若者達について研究している人があまりいなかったことに加え、COOL JAPANなどのトレンドの影響とか、日本のPOPカルチャーに注目が集まっているとかで、本の出版にはタイミングが良かった。西田さんの本は当時のロシアの若者の日本のPOPカルチャーに対してのトレンドをよく描写している上、私自身も彼の考えには共感するところが多い。
西田さんの考えによれば、何故、ロシアの若者は日本のPOPカルチャーに惹かれるのかというと、先ず、何よりもロシア人が親日家である。そして、今も続いている日本のPOPカルチャーの人気はロシアの中でコンテンツのプラットフォーム(YouTube, Netflix, SNSなど)が設備されたためであると答えている。また、アニメに関してはミレニアル世代の若者の影響がロシアでアニメ文化が浸透したきっかけになったと答えている。ソ連の崩壊でロシアにはそもそも独自のコンテンツが少なかった時代に、第三国を通して日本のアニメが国営テレビで放映をされた(当時、テレビ放映されたのは、『美少女戦士セーラームーン』や『超時空要塞マクロス』などである)。ミレニアル世代が小学生の時、学校から家に帰ってから、アニメをテレビで見られる環境が、今の日本POPカルチャーの人気に繋がっていると答えている。また、2000年~2010年頃にロシアでブロードキャストの環境が整い、ロシア独自の方法で欧米に対抗して発展していった。例えば、Facebookに対してはVK、YouTubeにはRutubeと独自の発展を遂げていった。丁度、その時期から、トレント(Torrent)がロシア人の間で普及したため、簡単に違法な日本のコンテンツがダウンロード出来てしまう環境で、DVDの海賊版などが販売され、著作権を無視した上での日本のコンテンツが出回り始めた。もちろん、日本の企業はそれを懸念して、厳しくチェックし、ロシアには日本のコンテンツを出さないようになる。ただ、その影響でロシアではロシア人が自分たちで可能性を見つけて、どんどん興味を持った独自な日本のコンテンツが流行ることにもなる。日本の最新のコンテンツがロシア人に知られるようになる前は、日本で一般的にコスプレをされる作品ではなく、ロシア人の若者が独自のルートで入手したレアな日本のアートブックなどの中から取った作品のコスプレがあった。
2)人気がある日本のPOPカルチャー
実際にロシアでの日本のPOPカルチャーのトレンドを見てみると、一般のロシア人の若者を引き付けるのはアニメ、音楽、 ファッション、ゲームである。もっとコアなファンになると漫画やコスプレ、アニメフィギュアや痛車、声優やアイドルなどなどと、一般的に日本で言われているサブカルも結構浸透していることが分かる。特に日本のPOPカルチャーの人気の主軸はアニメである。アニメの作品の人気から、その作品の漫画や音楽、アニメの声優やアニメのキャラクターのコスプレなどと興味が広がっていっている。
POPカルチャーの人気の主軸ともいえるアニメ(漫画)の最近のロシアでのトレンドを、ロシアでのアニメ(漫画)事情に詳しいロシア人2人に聞いてみた。我々のフェスティバルにも参加しており、モスクワで2011年から漫画の専門学校ギルディア・マンガを運営しているユーリャ・ノビコフさんに、漫画を習いに来ている生徒に人気がある日本のアニメと漫画について聞いてみた。 回答した生徒の年齢は13歳から18歳であり、一番人気が『鬼滅の刃』、続いて『DEATH NOTE』、『NARUTO -ナルト-』、『HUNTER×HUNTER』、『ジョジョの奇妙な冒険』、『この素晴らしい世界に祝福を!』、『僕のヒーローアカデミア』、『進撃の巨人』、『東京喰種トーキョーグール』、『約束のネバーランド』であるとのこと。 生徒の多くは小さい頃から日本のアニメを見て、キャラクターやストーリーや音楽などに惹かれたりして漫画の描き方を習いに来ているとのこと。 また、日本の漫画とアニメのコンテンツには、男の子が興味持つ青年漫画や女の子が興味持つ少女漫画など、色々な層をターゲットにしたコンテンツがあることが引き付けるポイントの一つとのこと。特にロシアの若者にとっては日本の漫画やアニメに没頭することで、自分が置かれている現実から逃れて違う世界に行けることが魅力的だそうだ。この学校では夏の間、ロシアの地方に生徒を連れて漫画キャンプをしたり、日本の学校にロシアの生徒を短期で送ったりなど、日本の漫画のコンテンツをベースとしたロシアの若者の教育に力を入れており、特にここ10年、ロシアの若い世代に漫画を習い始める人が増えているとのことだった。
続いて、モスクワで漫画を描くことを仕事としている漫画家集団のSJARTMANGAの創立者の一人であるマリヤ・プルーゲルさんに、ロシアでの最近 の日本のアニメと漫画のトレンドを聞いてみた。やはり、一番人気は『鬼滅の刃』で、続いて『約束のネバーランド』、『ワンパンマン』、『シャーマンキング』、『ソードアート・オンライン』、『進撃の巨人』、『僕のヒーローアカデミア』、『ジョジョの奇妙な冒険』と漫画を習っている生徒とほとんど同じ作品名が出てきた。
また、漫画の生徒たちよりも年齢が上のためか、最近日本で人気になっている作品以外にも、『新世界エヴァンゲリオン』や『天元突破グレンラガン』、『GTO』などや、スタジオジブリの宮崎駿先生の作品や新海誠先生の作品などのアニメもクラシックな作品として人気がある。昔はアニメや漫画の情報が少なったが、ブロードキャストの環境とコンテンツのプラットフォームが設備されたことで、今ではロシアにも日本のアニメや漫画のコンテンツの最新情報がすぐ入るようになった。そのため、昔と比べて今は、流行りに乗っているより良いものを見る傾向になってきているそうだ。また、日本のアニメや漫画が作り出す世界観が、ロシアの若者を引き付けているということだ。実際にSJARTMANGAの漫画家達は、小さいころにテレビで見た日本のアニメがソ連のアニメとは全然違う世界観を持っていることに惹かれ、多くが2008年に初連載された『バクマン。』という日本の漫画家についての作品を見て漫画家になろうと決意したとのことだった。SJARTMANGAのメンバーは、カザフスタンの人気アイドル歌手のDIMASHを主人公にした漫画を描いている。この例のように、ここ数年でロシアの漫画家が漫画の仕事を専門に出来る環境が少しずつ出来始めてきているようだ。
アニメに付随して人気があるのがコスプレである。アニメに比べて遅くロシアの若者の中で浸透をし始めたが、ここ10年、凄く伸びているカルチャーの1つでもある。もともとロシアは芸術性の高い国である上、衣装や小道具を自分の手で作ることに違和感がない無いためか、コスプレをやっている若者が沢山いる。皆、自分の好きなアニメのキャラクターになりきって衣装や小道具を作ってステージでアニメのシーンなどを演じる事に没頭している。日本のコスプレイヤーは衣装をプロのお店などに発注することが多いという話を聞くことがあるが、ロシアの中では、ハンドメイドの衣装でないは無いと本当のコスプレイヤーとは呼ばれない、コスプレの名前の通りCostume Playをしないと本当のコスプレイヤーではない無いという認識である。また、コスプレはもともとアメリカからロシアに入ってきており、最初にロシア人がアメリカのコミックスのキャラクターのコスプレをやり始めたのが最初だと思われる。その後、WCS(World Cosplay Summit)がロシアでも開催されるようになり、日本のコンテンツのコスプレが人気になっていく。WCSは日本の名古屋で開催されているコスプレイヤーの世界大会である。ロシアの決勝戦は我々のモスクワのフェスティバルで開催されているが、サンクトペテルブルク市やカザン市など、様々な都市で地方予選が組まれている。多い時には14都市で予選が開催されたことがある。日本のコスプレに注目が浴びる大きなきっかけになったのが、2014年にカリニングラード出身のコスプレイヤーのペアーがWCSで優勝したことである。このニュースはロシアの若者の間に広まり、日本のコスプレブームを起こし、未だにコスプレの人気は続いている。優勝した時のコスプレのコンテンツは、任天堂が出しているゲーム『ゼルダの伝説』である。
3)ロシアにおける日本のPOPカルチャーの発展と展望
コロナ禍の影響で、世界中のトレンドと同様にロシアもStay Homeの流れが来ており、今まで以上にオンラインのコンテンツの需要が伸びている。その状況と並行して、ここ数年でロシアのストリーミングの市場も伸びている。「ロシアのNetflix」と呼ばれるiviや、他にもOkko, KinoPoisk HDなどのオンラインビデオストリーミングサービスが人気を集めている。今までロシアで主流とされた著作権を無視した視聴の方法ではなく無く、有料視聴するようになってきている。もちろん、新しく出来てきたストリーミングのサービスで日本のコンテンツも視聴が可能である。この状況の変化は、今までにない無いくらい、日系企業にはビジネスチャンスだと思える。その状況をいち早く察知して乗り出したのが電通である。ユーラシア市場をターゲットにした連結子会社DEEP(Dentsu Entertainment Eurasian Partners)を設立している。ロシアで急成長しているコンテンツ・エンターテイメントの分野に注目した上での決断だと思われる。
西田さんにも、これからの展望について聞いてみた。彼も私と同意見で、世界的な流れでもあるが、ロシアの若者の間で、時間的に長くないコンテンツに人気がシフトをしてきていることがポイントの一つだと答えている。最近では日本でも人気のあるTikTokなどのプラットフォームが多くのロシアの若者を魅了している。また、ミレニアル世代の次のZ世代が成長してきたことによって、今までソ連時代からあった偏見のハードルがなく無く、良いコンテンツであればどの国のコンテンツでも受け入れるようになってきており、ロシアの若者は今まで以上に欧米や世界のコンテンツを受け入れるようになってきている。一つ例をあげると、今までは日本の30分のアニメがロシアの若者に受けていたのが、今では、5分くらいの韓流のPVなどが受けるようになってきている。アジアのコンテンツという形で、日本のコンテンツだけではなく、今や韓国や中国のコンテンツが流行っている。この状況は、今まで日本がとってきたコンテンツ政策と韓国や中国の政策や対応との違いにも関係していると思われる。例えば、2010年頃、ロシアで日本のコンテンツがブームな時に、少しずつ韓国のK-popダンスが人気を増していった。当時、ロシアで開催されたダンスのイベントでは、日本のジャニーズの踊りを真似て踊る若者もいたが、主にK-popダンスをまねて踊っていた。理由は、K-popダンスのPVや音楽などがYouTubeなどの著作権フリーのプラットフォームで見ることができたからである。それに比べて、日本のジャニーズなどのPVや音楽は日本音楽協会による著作権の取り締まりが厳しく、無料で視聴が出来ない状況になっていた。ロシア人は次第に、無料で視聴が出来るうえ、クオリティが上がってきた韓国のコンテンツに注目していくようになっていった。韓国が世界のマーケットを意識してコンテンツ政策をとっているのに対して、日本は国内の市場を重要視してきたという差だと思う。また、ゲームの例では、もともとはクオリティの高い日本のゲームが人気であったが、中国のゲームのクオリティが上がってきたことと、中国がリスクをとって無料でオンラインゲームを配っていることから、以前は日本のコピーといわれていた中国のゲームなどが注目を浴び始めてきた。ここ数年で、ロシアの若者の間では、韓国、中国のコンテンツが安くてよいと人気がある。ゲームコンテンツでは特に、韓国のオンラインゲームと中国の携帯電話のゲームなどが流行っている。現に我々が運営をしている日本文化フェスティバルにも韓国と中国のコンテンツが入り込んできている。それは、ゲームでも音楽でもファッションでもフードでも感じられる。日本人にとっては少し悲しい話だが、ロシア人は日本人と韓国人と中国人の見分けつかないのと同じように、コンテンツに関しても日本、韓国、中国の見分けをせず、全部、同じアジアのコンテンツという位置づけになってきている。
従来、日本というBRANDだけで注目を浴びていた日本POPカルチャーだが、今後、他のアジアのコンテンツと競いながら、世界とロシアのトレンドであるオンラインコンテンツの需要にどのようにマッチしていくかで、ロシアでの知名度が決まってくると思われる。